
「奨匡社(しょうきょうしゃ)々員之(の)証票」。下に筆書きで持ち主と出身地が残る。
明治の改元から12年後の1880年春、民衆の政治参加を求める結社が松本に生まれた。中心となった安曇野市穂高出身の自由民権運動家、25歳の松沢求策は国会開設の請願に奔走する。
奨匡社には1069人が集まった。若い教師や後に町村の自治を担っていく人材も多かった。同志の証しとなった証票は、松本市文書館に1点だけ現存する。
「ほんの1人の、生きた人間の記録です」。6月20日、同文書館が開いた市民講座。特別専門員の小松芳郎さん(70)が若者たちの運動と資料の経緯を語った。
証票は、南部の旧神戸(ごうど)村の名主丸山家に元禄期から伝わる約5千点の古文書に含まれていた。
1970年代、丸山家の子孫が転居した神奈川県藤沢市は文書保存の先駆だった。全てを保管し、98年、松本に文書館が出来て里帰りが決まる。農村の記録が詰まった資料は1点ずつ袋に収まり、目録も整っていたという。
消滅しかねない記録も、受け継ぐ人の思いと、保存し活用する場があれば、歴史に残っていく。
終戦時、政府と軍部は機密書類の一斉焼却を命じた。松本市文書館が所蔵する、県を通じての指示書は焼却を逃れた公文書だ。
旧今井村役場に地方事務所長から届いた1通の指示書は45年8月18日付。学校にも伝え、この書面も焼くよう念を押している。
89年に始まった松本市史の編さんで、当時室長の小松さんらが旧役場から約7万点の行政文書を集めた。そこに残っていた。
同様の指示書が今年、駒ケ根市立博物館の保存資料からも見つかった。旧中沢村役場に地方事務所から来た通知は、戦勝を期すビラやポスター類とともに指示書の焼却も求めている。
残した理由はどれも確認できない。小松さんによると、今井村の記録は通知文書をえり分けた簿冊にとじてあった。何らかの意図があったことは読み取れる。
確かなのは、残った記録が長い時間を超えて事実を今につなぎ、歴史をたどる糸口となることだ。残すことにこそ意味がある。
終戦の詔勅がラジオで流れた8月15日から、日本の降伏文書調印まで半月余。機密文書や軍関係の文書は徹底的に焼かれた。
その中で命令に従わなかった人がいた。大町市で10年余り前、明治期からの兵事書類つづり200冊余が見つかった。旧社(やしろ)村役場で徴兵事務を執る兵事係の男性がひそかに持ち出していた。
男性はひたすら土蔵に秘匿し、家族にも伏せたまま世を去った。公表されたことで、徴兵検査や召集など村を通じた戦争動員の実相が浮かび上がった。
滋賀県に戦後60年余を経て、秘匿を明かした元兵事係の男性がいた。生前、徴兵された人々の労苦が無になる悔しさを語っている。燃やしたらおしまいになる、1枚の紙も簡単に燃やせない―と。
立ち戻ったのは、命令に忠実であることより、一個人としての良心か。戦地に送られていった青年たちの記録は残った。
一昨年、経済産業省は「政治家との折衝で個別の発言まで記録するな」との指示書を職員に配り、この文書の廃棄も求めていた。
内閣府は、税金を使って開いた「桜を見る会」の招待者名簿を、「法にのっとり適切に廃棄した」と言い逃れる。
政府は、新型コロナ対応を公文書管理上の「歴史的緊急事態」と言いながら重要会議の議事録を残さない。国民は、共有財産である公の記録がないがしろにされる現実と向き合わされている。
これに対して、コロナ禍に人はどう生き、何を考えたかを市民の目線で記録し、資料として後世に残そうという動きが広がる。
情報学の専門家らでつくるデジタルアーカイブ学会の研究会は、メディア報道、発信された情報、組織や地域の出来事などを詳細に記録しようと呼び掛ける。
「当たり前のように政府がデータを抹消する。公権力に個人の歴史が押しつぶされる方向へ進みかねない。まず身近にある真実を記録しておかなければ」。企画した東京大大学院教授の渡邉英徳さん(45)は強い危機感を抱く。
大阪の吹田市立博物館はチラシや店の張り紙、マスク、写真など700点以上を集め、展示を始めた。北海道の浦幌町立博物館でも同様の取り組みが進む。
歴史的事態の今を残す。日々、文字に落としていく立場の一人として未来を意識したい。消えた記録が、まだどこかに埋もれている可能性も心に留めながら。
(7月19日)
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July 19, 2020 at 07:08AM
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