世界の首脳たちが被爆地・広島に集ったG7広島サミット。
華々しい外交の舞台を支えていたのが、いわゆる“サミット飯”だ。
首脳やその配偶者たちは、広島でいったい何を口にし、日本の味をどう感じたのか。
「おもてなし」の心で準備を重ねた料理人たちの思いとともに取材した。
(西澤文香)
初日は広島食材のフレンチ
首脳が食事をする最初の機会となったのは、初日のランチ。
広島の食材がふんだんに使われたフレンチ料理が振る舞われた。
入念な準備 2か月試作しメニュー決定
さかのぼること、サミット開幕の1週間前。
会場となる広島市のホテルで、提供するすべての料理の試作が行われていた。
日本の食文化の発信につなげようと、食材は地元産のみならず、全国から厳選した。宗教や、ビーガン=菜食主義者などにも配慮し、2か月ほど試作を重ねてメニューを決定したという。
(下井総料理長)
「プレッシャーは相当ありますが、こういうところで料理を作ることは、限られた人しかできないので、日本を代表するぐらいの気持ちで作っています。食べるだけではなく、においや視覚、聴覚など、いろいろなところで楽しんでもらえるようなメニューにした」
サミットを前に視察に訪れていた岸田総理大臣も試食を行い「手が込んでいておいしかった」と感想を述べていたという。
サミット議論支える料理 工夫と情報管理
サミットでは、首脳とその配偶者が参加する「社交ディナー」を除き、首脳らは会議をしながら食事をとる。
「ワーキングランチ」や「ワーキングディナー」と呼ばれるのがそうした場だ。
初日のランチも「ワーキングランチ」だった。
メインとなるのはあくまでも首脳間の議論。このため、会議の妨げにならないよう、1回の食事の給仕の回数は3回程度となっている。料理の大きさも一口で食べられる程度にする工夫が凝らされ、提供に時間がかからないよう、給仕担当は何週間も前から訓練を積んだという。
そして、メニューや使用される食材は、提供される当日まで情報が明らかにならない。
外務省の担当者は「食の安全を確保するためだ」としている。事前にメニューが表に出てしまうと、食材の買い占めや料理人への妨害が起きてしまう可能性があるためだという。
サミットでは、首脳の動静だけでなく食事1つにも情報管理が徹底されているのだ。
(下井総料理長)
「ワーキングランチなどは仕事をしながら召し上がるので、食事を出す時間も限られている。食べやすさや食事の制限なども考え、あまりマニアックに作りすぎず、なるべくたくさんの方に喜んで食べていただけるようなものを作りました。私は広島出身なので、広島の食材をアピールすることも考えながら、楽しんで作らせてもらいました」
配偶者たちも舌鼓
サミットでは、首脳と一緒に広島を訪れた配偶者にも地元の食材を使ったメニューが出された。
初日の夜、おりづるタワーで催された首脳の配偶者たちの夕食会のディナーには、地元の食材に加え、「発酵」をテーマにみそなどを使ったフレンチのフルコースが提供された。魚料理は瀬戸内キジハタのポワレ、肉料理は日本最古の和牛・比婆牛のロースト燻製チーズの炙り味噌風味サラダ仕立て。
「今まで食べたフレンチの中で一番おいしい!」
政府関係者によると、バイデン大統領の妻・ジル夫人は、このフレンチのフルコースをいたく気に入った様子だった。地元の食材を使ったフレンチのコース全体が、日本側のホスピタリティーあふれる応対も相まって最良だったと感激していたというのだ。
社交ディナーに注力
そして、特に下井総料理長が力を入れたのは、G7各国の首脳らに加え、配偶者も参加する2日目の「社交ディナー」だ。
食器にもこだわり、淡い青と色づけで広島の海を表現したサービスプレートを特注した。
広島県産のカキや宮崎県産のキャビアなどを使った前菜は、宝石箱をイメージし、キャビアの缶に入れた上で、ふたをして提供し、サプライズ感を演出したという。デザートにはチョコレートで作られた「折り鶴」が飾られ、平和への祈りが込められている。
しかも、皿には料理に合わせてサクラや紅葉、景色などの映像が投影される演出がなされ、まさしく下井総料理長が目指す五感で楽しむ食事となった。
(下井総料理長)
「コンセプトはやっぱり食材。日本にはいい食材がたくさんあるので、それを海外から来られた首脳らにどうアピールするかっていうところに、やっぱりおいしい食材をいろいろな人に知ってもらいたい。埋もれている訳ではないけど、メジャーではない食材もあったりするので、それを知ってもらいたいというのが一番アピールしたいところでした」
首脳らの評価は?
会場にいた政府関係者によると、各国の首脳らは、提供されたメニューを気に入り、料理の写真をスマートフォンなどで撮影していたという。
中でも、フランスのマクロン大統領とカナダのトルドー首相は、「おいしかったのでシェフと直接話をしたい」と言って、下井総料理長や料理人らを呼んで一緒に写真撮影も行ったほどの喜びようだったという。
(下井総料理長)「こちらが考えているものをお客さんが感じ取って楽しく食べて、感動してもらって、食べた料理、今の人って写真をいろいろ撮ったりするけど、心に残る、記憶に残る料理って少ないと思うんです。そういうのを映像とか写真だけじゃなくて、気持ちだとか記憶に残るような料理が1品でもいいんで、みなさんに1皿でもそういう料理をつくりたいと思って臨みました」
“サミット飯”が大統領の日程を変えた!?
一方、この2日目の夕食会で、予期せぬ出来事が起きていたことが分かった。
発端となったのは、初日のフレンチのフルコースを気に入ったジル夫人のひと言だった。サミット2日目の夕食会は、首脳が配偶者とともに出席する会だ。
サミットの討議日程がずれ込んだこともあり、この夕食会がスタートしたのは午後10時。
アメリカのバイデン大統領は開始時間が遅かったこともあり、最初の数分で席を立つつもりで、会場の入り口には車列も用意されていた。
しかし、予定の時間が過ぎても、バイデン大統領が会場から出てこない。
「何かあったのではないか?」関係者は慌てた。
しかし、調べるとジル夫人がバイデン大統領に会場に残るよう説得していたことが分かった。
(ジル夫人)
「料理もおいしいし、ユウコがもてなしてくれているんだから最後まで残る」
ユウコとは、岸田総理大臣の妻・裕子夫人。
裕子夫人はサミットに先立って、単独で訪米し、ジル夫人と会って個人的な関係を深めるなど、“ファーストレディー外交”を展開していた。
ジル夫人は初日のフレンチで“サミット飯”の味に魅了されたのか、最後まで食事を楽しみたいと、大統領に会場に残るよう説得していたのだという。
バイデン大統領がジル夫人にどんなことばを返したかは分かっていないが、当初の予定を変更し、最後まで会場に残ったのだった。
お酒にも注目
サミットの食事会では料理とともにお酒も注目される。
料理とともに楽しむお酒だ。
外務省によると、選定にあたっては、食事にあうことはもちろん、世界中の人たちに楽しんでもらうことができるようなものを中心に選んだという。
広島は、京都、兵庫に並ぶ三大酒どころ。
全国からも含め100を超えるリストのなかから、専門家の意見もふまえ、全体で20種類ほどの日本酒が選ばれた。
このうち、初日のワーキングディナーで振る舞われたのは、幻の酒米といわれた「広島錦」を使った、やわらかくふくよかな甘みと旨みが特徴の純米大吟醸だった。この酒蔵の酒は、岸田総理大臣も飲み慣れているという。
また社交ディナーでは、世界各国に「福」があるようにと選ばれた、シャンパンを思わせるスパークリング清酒が提供された。
さらに、復興支援として、日本酒では福島県岩瀬郡の特別純米酒が提供されたほか、スパークリング清酒では、宮城県大崎市の酒、岩手県二戸市の酒なども提供された。ワインでは裕子夫人の出身地・広島県三次市のワイナリーで作られたものや、山梨県甲州市のワインも提供された。
ゼレンスキー大統領は?
もう1つ気になったのは、広島を電撃訪問したウクライナのゼレンスキー大統領が広島で何を食べたのかという点だ。
激務をこなすゼレンスキー大統領も、つかの間の癒やしとして、ほかの首脳らと同じ料理を口にすることはできたのだろうか。
取材を進めたところ、ある政府関係者は「ほかの首脳と同じ食事は取れていないと思う」と話した。
限られた時間の中、ゼレンスキー大統領は、寸暇を惜しんで、岸田総理大臣をはじめ、G7各国の首脳、招待国のインドのモディ首相やインドネシアのジョコ大統領らと会談を重ねた。
政府関係者は「かなりの数の会談をこなしていたため、食事もいつ食べていたのかというくらいで、ゆっくり取れてはいないはずだ」と話した。
小さなテーブルから世界へ
サミットで振る舞われた料理の食材は、首脳たちが囲んだ小さなテーブルから、世界という大きな舞台で注目を浴びることとなる。
首脳らの会話を弾ませるだけではなく、日本の食文化や食材が海外に輸出される大きなチャンスにもなる。
実際、サミットが閉幕した翌日の広島駅にある土産物店では、今回のサミットで提供された日本酒が商品棚から消えていたのを確認した。
「サミット飯」はまさしく、サミットの討議と同様、食の外交という、重要な役割を担っていることを肌で感じた3日間だった。
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