Search

料理は、ほぼしない。でも今はこれでいい〈272〉 - 朝日新聞デジタル

〈住人プロフィール〉
27歳(公務員・女性)
賃貸マンション・2K・丸ノ内線 四谷三丁目駅・新宿区
入居2年・築年数20年・夫(29歳・会社員)とのふたり暮らし

 料理道具も、器も好きだ。たとえば、揚げ鍋は鉄製で、便利な揚げかごと油はね防止ネットがセットになった、料理家デザインのもの。オイルポットは、液垂れしない特殊設計。どちらも質実剛健、料理通に人気の、知る人ぞ知る名品だ。

 だが、冷蔵庫の中は空っぽ。彼女の応募メールにもこう書かれていた。
 『料理は嫌いではないし、おいしいものを食べるのも大好き。でも、そこまで食に興味がないのだと最近わかってきました。仕事が忙しかったり、趣味に夢中になると食が二の次になる。気づけば半年包丁を握ってなかったということも。料理熱にムラがあり、今は冷蔵庫が空っぽです。どうぞ見にきてください』

 たしかに料理は、その時の気分や体調、環境に左右されやすい。作りたくないとき、興味がわかないときもあれば、やたらに打ち込みたいときもある。
 嫌いじゃないが、ほとんど料理をしないという告白を興味深く思い、取材に赴いた。

 四谷の、こぢんまりとしたマンションで結婚生活は3年目になる。2ドアの小さな冷蔵庫は、学生時代から使っていたもの。
 連日帰宅が22時過ぎで、平日は昼も夜もコンビニか職場の食堂ですませることが多い。夫婦で卓を囲むのは週末だけ。冷蔵庫が空なのも納得だ。

 「平日はふたりとも忙しく、食事はバラバラ。疲れているので、ひとり分だけを作る気になれないんですよね」
 週末は夫が作ることもあるが、互いに食材を溜(た)め込まないタイプなので使い切る。

 しかし、何カ月かに一度「ちゃんと生活しよう」というモードになったときは、連日台所に立つ。
 「休日に作り置きをしたり、早起きしてお弁当を作ったり。平日の夜も簡単に料理をしたり。ただ、小さいころから何かに熱中すると寝食忘れてしまうタチで。大好きなミュージカル、読書、編み物。空いた時間に、したいことに打ち込むと、料理の優先順位はすごく低くなってしまうんです」

 この日着ていた精巧なフェアアイルヨークのセーターも手編みだという。
 夢中なときは、おなかが満たされればなんでもいい。うんうん、そういう人っているよなと共感した。

 18歳まで、料理をしたことがなかった。
 「母が料理上手で、全部おまかせで自分は興味がありませんでした。進学で京都でひとり暮らしを始めるまで、まともに米を炊いたこともなかったし、出汁(だし)って何?っていう感じでした」

料理は、ほぼしない。でも今はこれでいい〈272〉

恥ずかしい記憶

 正確に記すと、大学1年前期は、一切料理をしなかった。「サークル活動に夢中で」、学食、コンビニ、市販の弁当で適当に済ませていた。
 人生初の料理に目覚めたのは、秋のこと。

 「サークルの女の子4人で、持ち寄りパーティーをやろうということになって。そんなの初めてだし、私は何の気なしにミスドのドーナツとスーパーのお総菜を買って行ったんです。ところがみんな、2品は作ってきて。本当にびっくりしました」

 サラダ、煮物、キッシュに肉料理、魚料理。ふだん一緒にワイワイ遊んでいる友達は、自分と違って全員料理ができる。あたりまえのように、毎日の食を自分で整えていることが、衝撃だった。
 「お米も炊いたことがない、何も作れない自分が猛烈に恥ずかしくなりました」

 それから料理本を買い、少しずつ挑戦。次第に、美しい皿や調理道具、暮らしの雑貨にまで興味が広がっていった。
 レシピを見たり、暮らしの雑貨を見て回ったりするのも楽しくなる。

 「自分の作った料理は何が入っているか全部わかる。その安心感も大きいし、忙しくてもちゃんと作ると、生活しているという実感がわきやすいんですね」

 もうひとつ、良いことがあった。
 「帰省したとき実家の母と、料理の話で会話が弾むようになりました。私は法律を学んでいたのですが、学生時代って課題やらサークルやら自分に忙しく、親と心が離れやすい。でも料理の話だと会話が続くのでよかったです」

 翌年のクリスマス。
 サークルの先輩も加わった、もっと大きな持ち寄りパーティーがあった。
 彼女はビーフシチューとマッシュポテトをふるまった。

 現在、社会人5年目、結婚生活3年目。
 平日は仕事に打ち込み、週末に食べ切れる分しか食材を買わない生活。
 「今はこれでいい」と、さっぱりした表情で語る彼女に、余裕のようなものを感じる。その根底に、経験から学んだ自信があるからだろう。

 「やろうと思えばできるってわかっている。ただ、今はそのターンじゃないなって思うんです」

 そのうち、人生で料理をしたくなる季節がくるのもわかっているに違いない。
 料理をしない人の台所には、しないなりの物語がある。
 ……と思っていたら、取材後すぐにメールが来た。

 『お話ししたとおり、最近はあまり料理をできていないのですが、今日話しているうちにまた久々に作りたいなあ、と思い始めました。週末に作るかもしれません』
 コロッケ、ハンバーグ、生姜(ショウガ)焼き、サバの味噌(みそ)煮。さて、話していた得意料理のどれが食卓にのぼるだろう。

料理は、ほぼしない。でも今はこれでいい〈272〉

「東京の台所2」取材協力者を募集しています

台所のフォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)

Adblock test (Why?)



from "料理" - Google ニュース https://ift.tt/TyLGFkJ
via IFTTT

Bagikan Berita Ini

0 Response to "料理は、ほぼしない。でも今はこれでいい〈272〉 - 朝日新聞デジタル"

Post a Comment

Powered by Blogger.