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京都の若き日本料理人 チャーシューもコース料理に - 日本経済新聞

山椒(さんしょう)が香るあぶり立てのチャーシュー、ペンネにみたてたゴボウ、コクたっぷりの鯨の「コロおでん」……。京都市左京区の平安神宮のほど近くにある「日本料理 研野(けんや)」では、私たちが「日本料理」と聞いて思い浮かべるものとは少し異なる、でもどこか懐かしい料理が若い店主の笑顔と共に供される。

腕を振るう酒井研野さん(33)は日本料理界の期待の星だ。京都の料亭「菊乃井」主人、村田吉弘さんに10年間師事した後、米国の日本料理店や京都の中華料理店で研さんを積み、2021年にこの店を開業した。22年11月、日本最大級とされる35歳以下の料理人のコンペティション「RED U-35」で日本料理人として初のグランプリを獲得。「ミシュランガイド京都・大阪2023」では1つ星を獲得した。

酒井さんの料理を象徴するのが鯨椀だ。鯨の皮を加工した関西で人気のコロおでんをイメージしたこの料理でRED-U35の決勝戦に挑んだ。蒸して余分な脂と臭みを抜いた鯨の脂身に中華だし清湯でうまみを加え、カツオだしを張った清らかな椀に仕立てた。

捕鯨反対の声もあるが、日本では縄文時代から食されていた。酒井さんは各地に「鯨塚」があるように「大切に、無駄なく命をいただいてきたという歴史を伝えたい」という。高台(こうだい)が高く、両手で包み、捧げるように持つ合鹿椀(ごうろくわん)に盛り付け、命への敬意を表する。

鯨料理は過去と未来をつなぐと語る。「30代前半の僕らの世代は鯨を食べた経験がない。でも、60代くらいのお客様は思い出話で盛り上がるのです」。鯨椀を介して、誰かの思い出が、酒井さんや他の客の新しい記憶となり、受け継がれる。「一椀の料理を介して広がる、過去と現在。そんな時間軸の広がりが面白いと感じています」

それは師匠の村田さんの言葉「日本料理とは四次元の料理だ」とも重なる。和食のユネスコ世界遺産登録にも貢献した村田さんは、時空を超えて人の記憶をよみがえらせ、想像力をかき立てる料理が、日本料理の神髄だと常々語っていた。酒井さんは「この鯨椀を通じてそれを伝えたいと思った」。

日本料理は「味の構成でいうと、うまみを中心とした料理」(村田さん)で、ルーツとしては公家の有職(ゆうそく)料理、武家の本膳料理、茶懐石、精進料理、おばんざいの5つがあるという。酒井さんが和洋中の料理を出すのは、おばんざいに相当する「普通の人々」の今のリアルな食を積極的に取り入れ、「日本料理」を実際の日本人の食生活からかけ離れたものにしないためだ。

店の看板にもなっているチャーシューはその表れ。もとは中国料理だが、今や総菜売り場にも並び、日本人にもなじみ深い、人気の肉料理だ。八丁味噌や中国の発酵食品「腐乳」などにつけこんだ肩ロース肉を七輪であぶって仕上げる。脂が炭に落ちるじゅわっという音と香りに、客同士の会話も弾む。縁日でおなじみの「アメリカンドッグ」も日本に定着した食として、芯を干しシイタケやウズラなどのつくねにアレンジし、コース料理に並べる。

最近は1人10万円以上の価格に設定する日本料理店もあるが「普通の人が食べられない価格帯にしてしまっては、今の日本の食を映せない」と研野では1万9800円だ。これは「大将(村田さん)に普通の人がちょっと頑張って、年に数回来れる価格帯にしないと、と言われてきた」から。時代とともに変わる人の味覚に合わせて伝統をアップデートさせ、「お客さんとともに作り上げていく」との思いにつながる。

また、料理に合わせた「音楽ペアリング」もユニークだ。スウェーデンのポップグループABBAから松任谷由実の楽曲まで、一緒に食事をする客の年代で共有できる曲を流す。これも昔の食の記憶を呼び起こし、今へ導く、タイムマシンの1つという位置づけという。

「未来へつなぐ食」にも積極的に取り組む。山形大学と進める、3Dプリンターを使ったウニの寿司を作るプロジェクトでは、昆布や卵黄などの粉末を用いてウニの味を再現する。「味を数値化し、日本の地球の裏側でも『ウニ寿司』をつくれるようになるかもしれない」。魚食文化をつなぐため、水産資源の持続的な活用を啓発する団体「シェフズ・フォー・ザ・ブルー」にも参画する。

酒井さんが料理人の道を志したのは、料理上手な母の影響だという。「自分の料理の裏には、いつも母の味の記憶がある」。6度目の挑戦で獲得したRED-35のグランプリは、「母がくれたような気がしました」。料理の素晴らしさを教えてくれた母は、決勝戦の1週間前に心不全で急逝した。決勝戦前日まで店を営業する予定だったが、弔いのために休業した結果、自分自身と向き合う時間が生まれ、頭の中を整理して臨むことができた。

記憶が未来の食を作るとの意識から、現在8カ月の娘の食育には一段と気を配る。「タチウオを煮たものを、大喜びで食べてくれた」と相好を崩す。母や師匠の料理の記憶は、酒井さんや店の客を通し、次代へ。ひとりひとりの心に受け継がれる味の記憶の束が流れる川、それが食文化なのかもしれない。

ライター 仲山今日子

大岡敦撮影

[NIKKEI The STYLE 2023年12月24日付]

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